写真で見る戦後建築

国立代々木競技場:丹下健三が拓いた構造美と都市空間

Tags: 丹下健三, 国立代々木競技場, モダニズム建築, 吊り構造, 東京オリンピック, 重要文化財

概 要

国立代々木競技場は、1964年東京オリンピックの開催に合わせて、丹下健三(1913-2005)が設計を手がけた記念碑的建築物です。東京都渋谷区神南に位置し、第一体育館と第二体育館の二棟から構成されます。竣工はオリンピック開催直前の1964年で、その大胆な吊り構造と有機的な形態は、当時の日本の技術力と建築思想の最先端を示すものでした。用途は総合体育施設であり、オリンピックでは水泳とバスケットボールの会場として使用され、現在も多目的なイベントスペースとして活用されています。構造はプレストレストコンクリート(PC)造の主柱と、そこから吊り下げられた鋼板屋根が特徴です。2020年には国の重要文化財に指定され、その歴史的・建築的価値が改めて認識されています。

歴史的・社会的背景

1964年の東京オリンピックは、第二次世界大戦後の日本の国際社会への復帰と高度経済成長期の幕開けを象徴する国家的イベントでした。国立代々木競技場の建設は、このオリンピックの顔となるメイン会場の一つとして、国家の威信をかけ、最新の技術と最高のデザインを結集するプロジェクトとして推進されました。戦後復興の時期を乗り越え、経済大国へと変貌を遂げつつあった日本にとって、この建築は進歩と平和の象徴としての役割を担いました。丹下健三はこのプロジェクトを通じて、日本の伝統的な空間概念と最新の構造技術を融合させるという、彼の長年のテーマを具現化しました。

設計思想と建築史における位置づけ

丹下健三は、国立代々木競技場の設計において、構造と形態の有機的な統合を追求しました。彼の設計思想の中心には、「機能主義の超克」という概念があり、単なる機能の充足に留まらず、構造そのものが象徴性を帯び、空間に強いインパクトを与えることを意図していました。この建築は、日本の伝統的な建築、特に伊勢神宮や桂離宮に見られるような空間構成の更新性と、モダニズム建築の合理性を融合させる試みとして位置づけられます。

国立代々木競技場は、戦後の日本のモダニズム建築の到達点の一つとされ、ル・コルビュジエやエーロ・サーリネンといった当時の国際的な巨匠たちの作品とも比肩しうる創造性を持つと評価されました。特に、その後の日本の建築界に大きな影響を与えたメタボリズム運動にも通じる、構造の力強い表現と空間の流動性は、丹下研究室のメンバーにも共通する思想的基盤となりました。この建築は、日本の近代建築が世界水準に達したことを内外に示すランドマークとなりました。

建築的特徴

国立代々木競技場の建築的特徴は、その大胆な構造システムと、それによって生み出される独創的な空間体験に集約されます。

構造システムと外観デザイン

第一体育館は、敷地北東に配置された二本の巨大なプレストレストコンクリート造の主柱(高さ約40m)から、二本の太いメインケーブルが吊り下げられ、そのメインケーブルから屋根を形成する鋼板が吊り上げられる「二点吊り構造」を採用しています。写真Aに見られるように、この吊り構造によって、最大約120mに及ぶ大スパンの無柱空間が実現され、観客席の視線を遮るものがありません。この巨大な屋根は、力学的な合理性に基づきながらも、流れるような優雅な曲面を描き出し、周囲の代々木公園の緑豊かなランドスケープと調和しつつ、その存在感を際立たせています。特に、その有機的な形態は、テントや貝殻、あるいは伝統的な日本の寺社の屋根を想起させ、見る者に強い印象を与えます。

一方、第二体育館は敷地南西に位置し、中央の一本の主柱から屋根が吊り下げられる「一点吊り構造」です。第一体育館よりも小規模ながら、同様に無柱空間を実現し、その円錐形の屋根は独自の造形美を放っています。

平面・断面構成と内装

第一体育館の平面計画は、アリーナを中心に観客席が螺旋状に配置され、スムーズな観客動線が確保されています。写真Bが示す通り、内部空間は、大スパンを可能にする吊り構造の部材が露出され、構造そのものがデザインの一部となっています。自然光は屋根と壁の隙間から巧みに取り入れられ、内部に柔らかな光をもたらし、開放感のある空間を演出しています。第二体育館も同様に、一点吊り構造が生み出す求心的な空間が特徴的です。

使用材料と施工

主要構造体には、当時最先端の技術であったプレストレストコンクリートと高張力鋼が用いられました。特に、主柱のコンクリートの打設や、メインケーブルの引き込み、鋼板屋根の吊り上げといった施工プロセスは、当時の日本の建設技術の粋を集めたものでした。施工は清水建設が担当し、技術的な挑戦を乗り越えてこの複雑な構造を実現しました。

竣工後の変遷と現在の状態

国立代々木競技場は、竣工後も多岐にわたるスポーツイベント、コンサート、式典などに利用され続けています。屋根のアスファルト防水層は、その後の改修でフッ素樹脂加工膜へと変更され、耐久性と美観の維持が図られています。2020年東京オリンピックにおいてもハンドボールやバドミントン競技の会場として再利用され、建築物の長寿命性が証明されました。現在は、その歴史的価値と建築的価値が認められ、国の重要文化財として厳重に保存・管理されています。

学術的調査に資する情報

国立代々木競技場に関する詳細な情報は、丹下健三の全集、日本建築学会の各論集、あるいは槇文彦氏や磯崎新氏といった同時代の建築家による評論を参照されたい。また、東京大学丹下健三研究室のアーカイブや、JIA(日本建築家協会)の建築データベースには、設計図面や関連資料が豊富に所蔵されており、より深い研究のための手がかりとなるでしょう。建築の用途は体育館、構造種別はPC造(主柱)とS造(屋根)、階数は地上2階、延床面積は第一体育館が約23,000m²、第二体育館が約6,700m²です。